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日本史の鎖国の流れと覚え方をわかりやすく解説!語呂合わせより理解が大切


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日本史の鎖国の流れと覚え方

日本史の鎖国

 

鎖国の概要

 

「鎖国」を辞書で引くと、「政府が他国との通商・交通などを禁止すること特に、江戸幕府がオランダ、中国以外の外国との交通・通商を禁止したこと」とあります。

17世紀前半に完成した鎖国制度は、ペリーが来航し、開国することとなる19世紀半ばまで200年以上に渡り続くことになります。

鎖国を理解するために、鎖国を次の3つのパートに分けて考えてみるとわかりやすいです。

 

<鎖国を理解するための3パート>

A 鎖国政策の前段階(朱印船貿易などの江戸初期外交期)
B 鎖国政策への転換と完成期(禁教令から鎖国令の時期)
C 鎖国完成後の影響段階(長崎貿易、文治政治以降、元禄・化政文化の時期)

 

鎖国制度は、日本の未来を大きく変える大転換政策です。

それほど大きな転換を幕府が行わなければならなかった背景を知ることが、鎖国を理解する上でとても重要です。

また、幕府が鎖国の道を選んだことで、その後の日本にどのような影響を与えることになるのかを意識しながら一つ一つの出来事について考えると、頭の中にイメージが作りやすくなります。

現代はグローバル化が進んだ時代ですが、鎖国政策はそれと正反対の政策といえます。

今の日本にとってグローバル化が大切なのと同じように、鎖国政策が当時の日本にとってどれだけ重要な意味を持っていたかを感じながら、学習を進めると理解が深まります。

ここで、鎖国完成までの流れを年表で確認します。

 

上の3パートのA、Bの部分です。

(Aパート)
1600 リーフデ号が豊後に漂着
1604 糸割符制度を採用する
1609 朝鮮と己酉約条を結ぶ
1610 田中勝介をノビスパン(現メキシコ)に派遣する

(Bパート)
1612 禁教令を出す
1613 支倉常長を慶長遣欧使節としてヨーロッパへ派遣する
1616 外国船の来航地を平戸・長崎に限定する
1623 イギリスが日本を去る
1624 イスパニア(スペイン)船が日本を去る

1633 奉書船以外の海外渡航を禁止する
1635 日本人の海外渡航と帰国を全面的に禁止する
1637 島原の乱
1639 ポルトガル船の来航を禁止する
1641 オランダ商館を長崎の出島にうつす

 

この年表は大学入試では必須のものですが、これを暗記しようとすると負担がとても大きくなります。

鎖国分野に限らず日本史を理解するコツは、無機質な暗記から脱却し自分の感情が動くような理解を心掛けることです。

詳しくは後述しますので参考にして下さい。

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鎖国の背景

 

江戸幕府が鎖国政策を選ぶことになった背景について確認します。

江戸幕府が成立した1603年以降、幕府はヨーロッパと朱印船貿易を行います。

ヨーロッパ各国との間で積極的な貿易が行われ、その影響として東南アジアに多くの日本町もできました。

1610年には田中勝介をメキシコに派遣して通商要求したりもしました。

しかしそのような積極外交から、幕府はなぜ鎖国政策へと転換することになったのでしょう。

この方針転換には理由となる背景があります。

それは世界との関係です。

ヨーロッパは16世紀の大航海時代以降、市場を求めてアジアへ進出してきました。

その中心となった国はスペインやポルトガルで、中国や東南アジアを拠点にしながら日本へもその手をのばしてきました。

1543年にポルトガルが鉄砲を伝えたり、1549年にスペインのフランシスコ=ザビエルがキリスト教を伝えたりします。

 

そして江戸幕府がスタートしてからも、日本との関係が続いていきます。

1604年に糸割符制度によって、生糸の取引でポルトガル商人に搾取されないようにするために幕府が五カ所商人に一括購入させました。

当時ポルトガルは、日本との商売を通じて大量の銀を手に入れていたのです。

なぜなら大航海時代以降のグローバル化した世界の中で、石見銀山や生野銀山などから産出される日本銀は、共通通貨として流通し価値を持っていたからです。

またスペインやポルトガルはカトリックを信仰している国であり、アジアへの布教活動も同時に進めていました。

実際、九州には多くのキリシタン大名が生まれ定着していきます。

貿易による銀の流出とキリスト教の布教拡大という二つの要因が、江戸幕府にとって問題となります。

特に後者は幕府権力の根幹を揺るがすものになっていきます。

江戸幕府は将軍を頂点とする幕藩体制を基本とし、将軍権力は絶対的なものである必要があります。

それを維持する上で、キリスト教が広まることは大問題

キリスト教信者にとっては神が絶対的な存在なので、将軍権威が及ばなくなってしまうからです。

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鎖国の流れ

 

貿易による銀の流出とキリスト教の布教を阻止することが、鎖国政策を進める最大の理由

このことを頭に置いてもう一度鎖国年表を見てみます。

 

(Bパート)
1612 禁教令を出す (※2)
1613 支倉常長を慶長遣欧使節としてヨーロッパへ派遣する
1616 外国船の来航地を平戸・長崎に限定する (※1)
1623 イギリスが日本を去る (※1)
1624 イスパニア(スペイン)船が日本を去る (※2)

1633 奉書船以外の海外渡航を禁止する
1635 日本人の海外渡航と帰国を全面的に禁止する
1637 島原の乱 (※2)
1639 ポルトガル船の来航を禁止する (※2)
1641 オランダ商館を長崎の出島にうつす (※1)

年表中の(※1)は、貿易による銀の流出を防ぐための貿易制限の政策で、(※2)はキリスト教の布教と信仰を防ぐための禁教政策です。

 

結果的に鎖国政策につながっていきますが、このように分類することで、それぞれの出来事がなぜそのタイミングで行われたのかがわかると思います。

その意味では、1637年に起こった島原の乱はその典型的な出来事といえるでしょう。

農民の一揆とキリスト教徒が連動し大きな反乱となっただけでなく、その鎮圧のために幕府がオランダの協力を要請したことも(※1)(※2)の背景を知っていると理解できます。

オランダは乱の鎮圧を担う代わりに、ポルトガルの排除を幕府に約束させました。

それはオランダにとって、日本との貿易を独占できるメリットがありましたし、幕府にとっても、カトリックのポルトガルを国外に追放できるのは喜ばしいことだったのです。

このように鎖国が進められた時代の背景を知り、そこに登場する人や国の思惑・感情に意識を置くことで、鎖国に向かっていくイメージやドラマが自分の中で作られていきます。

 

鎖国中の日本

 

1639年の鎖国令によって、鎖国が完成しました。

そこから日本は200年以上にわたり、他国との交流を制限した中で歴史を作っていくのです。

当然、その独特な状況がその後の日本に与える影響は大きかったと推察できます。

鎖国中においても他国との交流がまったく無くなったわけではありません。

制限された中ではありますが、オランダ、中国、朝鮮、琉球などとの交流は続きます。

ここでのポイントは、日本とそれらの国との力関係を意識することです。

オランダは、他のヨーロッパとの争いに勝利し日本との貿易を独占する権利を得ました。

日本から見てヨーロッパの国は先進国であり、格上の存在です。

ですから、貿易により不利にならないよう居留地を長崎の出島に限定するなど、少し距離を置きながらのつきあいになります。

一方で、ヨーロッパの情勢を知らせてくれる重要な相手でもあったのです。

中国は古くからつきあいのある国で、日本にとっていつも格上の存在でした。

ですから、長崎に唐人屋敷を置くことを許可し、貿易を行うことになります。

 

朝鮮と琉球に対しては、幕府は格下の位置づけをします。

朝鮮とは1609年に己酉約条を結び、対馬の宗氏を仲立ちとしながら、その関係性を維持しました。

琉球に対しても、薩摩藩の島津氏が武力で制圧することで、上下関係を示しながら交流を続けていきます。

その関係性の中で、朝鮮から朝鮮通信使を、琉球から慶賀使や謝恩使を派遣させたりもします。

 

鎖国の影響

 

鎖国が長く続いたことは、日本の社会を大きく変えていきます。

良い面としては、外国からの脅威が薄らいだことで、戦乱のほとんどない社会が作られ文治政治が定着したことです。

もちろん、国内の事情もありますが、外交面での苦慮がなくなったことは重要でした。

またそのような平和的な社会の中で、日本独特の文化が形成されたことも良い面といえます。

元禄文化や化政文化では、現代でも世界的に評価される作品が多く生まれますし、現代まで続く日本の伝統文化も成熟しました。

文化は社会を反映するので、文化を理解する上でも鎖国政策の深い理解は効果があります。

 

開国と明治維新の理解

 

鎖国を深く理解すると、開国や明治維新の理解も簡単になります。

尊王攘夷の動きや、不平等条約の締結などは、長く続いた鎖国政策が解かれていくという大転換の中で起こった出来事です。

鎖国政策の重さを理解していれば、その激動をイメージしやすくなるのです。

 

明治維新も同様です。

歴史は継続性の中で形成されるので、たいていの変化は徐々に現れるものです。

しかし200年続いた鎖国によって江戸から明治の変化は激動的なものになりました。

思想や価値観も含めて、西洋化、近代化という高度な段階への変化でもあったのです。

 

日本史の学習のコツ

 

鎖国に限らず、日本史をより効果的に学習する方法は、「日本史=暗記科目」という先入観を捨て、「心を動かす学習」にシフトすること。

日本史に登場する人物や事件は、現在の日本につながっていることを意識しながら学ぶことが重要

その人物や事件が、どのような背景の中で登場し、その後の社会をどのように変えたのか。

それをイメージしながら学習することで、「覚えなければいけないこと」が「覚えていたいこと」に変わっていきます。

それが「心を動かす学習」

もちろん試験で良い点を取るために効率的に覚えることも大切です。

そのためにゴロ合わせや暗記学習、問題演習を取り入れることも必要。

しかしそれらは理解をより深めるための手段であり、目的ではありません

「心を動かす学習」の中でそれらを取り入れた時、単なる無機質な丸暗記や機械的な解答作業ではなく、より深い学習となるのです。

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